判断能力が不十分な人がいる場合に必要となる手続き
相続が発生したとき、相続人の中に認知症や知的障害、精神障害によって判断能力が十分でない状態になっている人がいる可能性があります。もちろん、判断能力がないことを理由にその人を無視して手続を進めることはできませんが、そうは言ってもその人がご自分で手続を進めることは困難であると思われます。
ここでは、判断能力が十分でない人をサポートするための各制度、また、将来判断能力が十分でなくなる事態に備えるための各制度をご紹介いたします。
1.後見人制度(法定後見)
認知症、精神障害、知的障害等の精神上の障害により、ご自身で判断することが困難な方が、不動産の売却、遺産分割協議、介護サービス等の契約の内容を理解して判断することができない場合は、契約を締結することはできません。
また、判断ができないとまでは言えなくても困難な方が、ご本人だけで契約を進めてしまうと、ご自身に不利益な合意、契約をしてしまう恐れがあります。
このような方の支援者を家庭裁判所が選任し、お守りしようというのが成年後見制度です。
成年後見制度の分類
成年後見制度は、大きく分けて法定後見制度と任意後見制度の2つに分かれています。
法定後見制度 | ご本人の判断能力が低下した状況で、家庭裁判所が支援者を選任します |
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任意後見制度 |
ご本人の判断能力があるうちに、ご本人が将来的に判断能力が低下した場合に備えて任意後見人になる方と任意後見契約(公正証書)を締結します |
任意後見制度についは、後の項目で詳しくご説明いたします。
法定後見制度は、さらにご本人の判断能力に応じて、後見、保佐、補助の3つに分かれています。
- 後見 ご本人の判断能力が全くない場合、後見人が選任されます。
- 保佐 ご本人の判断能力が著しく不十分な場合、保佐人が選任されます。
- 補助 ご本人の判断能力が不十分な場合、補助人が選任されます。
後見、保佐、補助の比較
後見 | 保佐 | 補助 | |
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判断能力 | 全くない | 著しく不十分 | 不十分 |
本人の同意 | 不要 | 不要 | 必要 |
後見人等の代理権の範囲 | 財産に関する全ての法律行為 | 特定の法律行為 申立の範囲内で裁判所が決定します。 ※本人の同意が必要 |
特定の法律行為 申立の範囲内で裁判所が決定します。 ※本人の同意が必要 |
後見人等の同意権、取消権の範囲 | 日用品の購入等の日常生活に関する行為以外のすべての法律行為 ※後見人には同意権なし |
重要な財産関係の権利を得喪する行為等、法律の定める行為 | 重要な財産関係の権利を得喪する行為等、法律の定める行為のうち、申立の範囲内で裁判所が決定する。 ※本人の同意が必要 |
資格制限 | 医師、士業、公務員等の一定の職種について資格制限あり。 | 医師、士業、公務員等の一定の職種について資格制限あり。 | なし |
類型の決定と申立
後見、保佐、補助のどの類型に該当するかは、最終的に家庭裁判所の判断となりますが、申立の段階でどの類型の選任申立を行うか、一応の目処をつけて申立を行う必要があります。
後見等の申立の段階で、医師の診断書(裁判所の指定書式あり)を裁判所に提出する扱いですが、医師がどの類型に該当すると考えるか☑してもらう形の診断書になっていますので、後見人等の選任申立をする段階では、医師が診断書に☑を入れた類型で申立を行うのが通常です。
裁判所は提出された診断書やご本人との面会、申立人の事情説明等から、ご本人がどの類型に該当するかを検討し、必要に応じて医師に鑑定を依頼し、その鑑定結果も踏まえて類型を決定します。
概要
申立する裁判所(管轄裁判所) | 本人の住所地を管轄する家庭裁判所 ※東京都の場合、23区内の方は、東京家庭裁判所(本庁)、三多摩地域の方は東京家庭裁判所立川支部です。 |
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申立人 | 本人、配偶者、四親等内の親族、成年後見人等、任意後見人、成年後見監督人等、市区町村長、検察官 ※ご本人にも申立権はありますが、後見類型の場合には判断能力が全くないことが前提ですので、その点で申立人になるのは難しいと考えられます。 ※四親等内の親族には、子、兄弟姉妹はもちろん、甥、姪、いとこ等も含まれます。 ※市区町村長の申立は、親族による申立が困難な場合等、限定的に行われています。 |
申立費用(実費) ※東京家庭裁判所本庁及び立川支部の場合 |
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申立の必要書類等 |
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手続きの流れ(東京家庭裁判所の一般的な流れ)
- 申立後、後見等の開始の審判がなされるまでの期間は1~2か月程度です。
- 後見監督人が選任されるケースもあります。
鑑定
鑑定とは、本人の判断能力の程度を医学的に判定するための手続です。
後見、保佐については、原則として鑑定する扱いですが、省略されるケースもあります。補助については原則として鑑定は省略されます。
鑑定は、事前に提出する医師の診断書よりも、検査項目が細かく設けられており、ご本人の判断能力を正確に判定できます。
医師の診断書や親族からの情報等により、判断能力についての判断ができる場合には、鑑定は省略されているようです。
なお、申立時に主治医の診断書を提出しますが、診断書の付票という書類も合わせ提出することになっています。付票では、主治医に鑑定を引き受けていただけるかどうか、引き受けていただける場合の費用はいくらになるか等を回答していただくものです。
鑑定料は概ね5万円から10万円程度です。
後見等監督人
後見等の開始決定と合わせて(または後日)、後見等監督人が選任される場合があります。これは、次の項目でご紹介する後見制度支援信託と同様、ご本人の財産を保護するために設けられた制度です。
後見人等が選任された場合、後見人が行う事務については、家庭裁判所が監督することになります。しかしながら、家庭裁判所は多数の後見等の案件を抱えておりますので、通常、家庭裁判所が後見人から後見事務の報告を受けて確認するのは1年に1回です。
裁判所が必要と認める場合、後見人が行う事務について監督する立場の人として後見等監督人が選任される場合があります。後見等監督人には、弁護士又は司法書士が選任され、後見人は、後見等監督人に後見等の事務について報告することになります。
後見等監督人には、裁判所が決定した報酬額をご本人の財産から支払っていただくことになります。
後見制度支援信託
後見制度支援信託とは、後見等監督人と同様、ご本人の財産を保護するために設けられた制度です。
親族後見人が管理する預貯金、現金のうち、日常的な支払いに必要な分を親族後見人の手元に残し、それ以外を信託銀行に信託することになります。
信託銀行に信託したお金は、通常の預貯金、現金とは異なり、後見人の判断で自由に解約して使用することはできません。裁判所が必要と認めた場合に、裁判所からの指示書をもらって解約することができます。なお、後見制度を支援するための信託ですので、いわゆる投資目的の投資信託とは異なり、元本保証がされます。
裁判所は、後見制度支援信託の利用が必要であると判断した場合、弁護士又は司法書士を後見人に選任し、信託制度の利用の可否、可能な場合にはその契約の内容を検討し、相当であれば信託契約の締結を指示し、弁護士等の後見人は裁判所の指示を受けて信託銀行との間で信託契約を締結します。
そして、弁護士等の後見人は、後見制度支援信託の締結が完了したら裁判所の許可を受けて辞任し、親族後見人に後見事務を引き継ぎます。
弁護士等の後見人の報酬額は、家庭裁判所が決定します。
2.任意後見制度
任意後見制度とは、法定後見制度とは異なり、ご本人がお元気なうちに、ご自身が認知症等により判断能力が低下してしまったときに備えて、支援者=任意後見人を契約により定めておく制度です。
法的後見制度の場合、ご本人の判断能力が低下してから家庭裁判所において選任されますので、ご本人が、だれに後見人になってもらうかを選べる制度ではありません。
この点、任意後見制度は、ご本人がお元気なうちに任意後見人を選び、契約をしておくことができますので、ご自身の希望を、お元気なうちに任意後見人に伝えておくことも可能になります。
法定後見制度と任意後見制度の比較
法定後見制度 | 任意後見制度 | |
---|---|---|
開始時期 | ご本人の判断能力が低下した状態 | ご本人の判断能力がある状態 |
支援者を選ぶ人 | 家庭裁判所 | ご本人 |
方式 | 家庭裁判所に申立を行う | 後見人候補者と任意後見契約(公正証書)を締結する |
ご本人の意向の反映度 | 本人の判断能力が低下した状況で後見人が選任されるため、自分の希望をあらかじめ後見人に伝えておくことはできず、認知症等になったときに自分の思い・希望が反映されにくい。 | 元気なうちに自分で後見人候補者を選び、自分の希望をあらかじめ後見人に伝えておくことができるので、認知症等になったときに自分の思い・希望が反映されやすい。 |
任意後見制度は、ご自身の老後について、ご自身で決定しておける制度です。
最近、終活という言葉をよく聞くようになりました。エンディングノートを書かれる方も増えているようです。
ご自分の人生の締めくくりをご自分で考えるのはとても大切なことだと思います。当事務所では、そんな皆様を法的な面でサポートさせていただいております。
(1)任意後見契約とそれに関連する契約
任意後見制度を利用するにためには、任意後見契約を中心として、任意代理契約、見守り契約、死後事務委任契約を締結します。時系列では以下のような位置づけになります。
(2)任意後見契約
任意後見契約とは、今は元気だけれども、将来が心配だという方が、判断能力が低下した場合に備えて、支援者を指定しておき、支援内容を任意後見契約という形で約束するものです。
実際に任意後見人が支援を開始するのは、ご本人の判断能力が低下したときになります。任意後見人に指定された人は、ご本人の判断能力が低下したときに、家庭裁判所に任意後見監督人の選任申立を行い、支援(後見事務)を開始します。
ご本人は任意後見人が選任された段階では、判断能力が低下しておりますので、ご自分で監督することはできません。そこで、ご本人に代わって、裁判所が選任した任意後見監督人が、任意後見人を監督します。
(3)任意代理契約(財産管理契約)
任意代理契約は、ご本人に判断能力があるうちから支援を受ける契約です。任意後見制度による契約ではなく、通常の委任契約ですが、任意後見契約とセットで締結することが多い契約です。
ご本人に判断能力がありますので、ご自分でも法律行為を行うことができますが、特定の法律行為について、任意代理人に代理権を与える契約です。
任意後見や法定後見と異なり、任意代理人には、代理権だけで、同意権や取消権はありません。
また、任意代理契約は、ご本人に判断能力があることを前提としておりますので、ご本人に代わって任意代理人を監督する人がいません。ご自分で監督しなければなりませんので、利用する際には注意が必要です。
(4)見守り契約
見守り契約は、任意後見契約とセットで、任意後見人に指定された方が、ご本人と定期的に連絡をとりながら見守り、適切な時期に任意後見監督人選任申立を行う(任意後見を発効させる)ための契約です。
見守り段階では、支援者は具体的な支援は行いません。
(5)死後事務委任契約
死後事務委任契約とは、ご本人が支援者に対して、ご本人が亡くなった後の諸手続、葬儀、納骨、埋葬等の死後事務について委任する契約です。
遺言書では、死後の葬儀等について、希望として記載しておくことはできますが、契約ではなく、あくまでもご本人の希望です。
これに対し、死後事務委任契約では、支援者には契約を守る義務がありますので、実現性が高まります。
特に、親族等と疎遠になっていて、頼る方がいないという方は、死後事務委任契約の活用をご検討いただければと思います。
(6)遺言書
遺言書を作成しておけば、ご本人が亡くなった後の財産関係について、ご自身の希望が反映されやすくなります。遺言書については、遺言ページをご覧ください。